答えがないのかも

 図書館で借りた「結婚の条件」(小倉千加子・著)を再読しました。やはり、自分にかなり当てはまる記述が一杯あって、ほんの少し考えさせられました。そして、偶然にも会社の同僚N氏(本当に登場回数が多いな、こいつ)との会話で、ははぁ、と自分なりに納得できた部分もあります。
 N氏は、自分が少々古い考え方の持ち主であることを自覚しつつ、女性は結婚するまでは実家にいた方が良い・女性は結婚したら家庭に入った方が良い・小遣いが余計に欲しいならば昼の間だけパートに出て月に5・6万円も稼げば十分である・家計は基本的に女性が仕切れば良い、等の発言をしました。事実、彼の奥さんは最初の出産を機に退職し、今は専業主婦として家事・育児をこなしています。この場合、夫婦間でも需要と供給が見事にマッチしているので問題ないわけです。
 N氏は別に例外とか少数派というわけではなくて、案外同じ考えの男って多いんじゃないか、と今更に気づきました。もっとも、N氏は、嫁が自分より年収が高いのであれば、俺が家のことをすると言っていました。が、これはかなりの部分がジョークでありましょう。私が知る限り、彼はあんまり家事が好きではなさそうです。
 彼は私より1年後輩ではありますが、今では私より給料が高いのかもしれない、と思っています。どうも私の勤務する会社は、女性より男性に重きをおいているように感じられます。男性と互角で働きたい女性にとっては腹の立つことですが、しかしそのぶん仕事の責任がゆるくなるということだから、ぬるま湯に浸りたい私のような人間にとっては、それほど目くじら立てることもないでしょーうふふふ、ってなもんです。しかし、そんな会社だとて、N氏の給料が私の2倍ということは、無いでしょう。私の給料は基本的にすべて私の自由です。家に食い扶持と称して何がしかの金額を母に渡していますが、これは強制されているものではありません。まるっきり渡さなかったら怒られるでしょうけど、最初から今まで金額を決めているのも私であります。一方でN氏は、私と同じくらいかちょっと多い目の給料としても、それで家族4人を養っていくわけです。セレブな暮らしでは、無いはず。私でさえセレブな暮らしじゃないってのに。宝くじ、当たれ。いかん、話がそれた。
 さて、私が安心して嫁に行ける条件、それは相手の年収が私の2倍以上あることです。これは、絶対条件じゃない。愛は地球を救う。愛はたじんこを嫁がせる、かもしれない。けど、愛に年収が加わると、こないだのプロジェクトMみたいなことにならず、家族の応援を背に、おらおら早くアタイを嫁に貰えってのよ、と強気な営業(営業?)が出来るわけです。が、年収だけで結婚できるわけでもない。ソコソコの年収があったところで、今頃は塀の中で本ばっかり読んでいる某IT長者みたいな、見た目も悪く性格も悪い(うう、自分のことかよ…)な男は、ジェット機持ってても、その割りに女が寄ってこない、と思う。
 そういう、自分をわきまえない条件での男選びが、晩婚化に拍車をかけ、晩婚化ゆえに少子化も進行する、というわけです。上記は女性の立場からの話ですが、男性だって同じ。とにかく、理想とする結婚相手をあげてごらん、と言ったら、同僚のN氏よりもっとすごい条件が出てくるらしいですよ。程度の差はあれ、「家庭的・可愛い・賢い・軽い(体重が)」の4Kを求めてきます。特に、交際だけなら「可愛い・軽い」あたりが優先されるものの、結婚となると「家庭的・賢い」のが重要なポイントとなる。つきつめると、男も女も同じね。が、「賢い」ってのもクセモノで、男性の場合、求められる賢さは無限大ですが、女性の場合は賢すぎてものすごい学歴やキャリアを持っていると、つりあう相手がものすごく少なくなる。どっちもしても、はっきりしてるのは、私は4Kのうちどれも持ってないということだけだよ、ちくしょうめ。
 こういう問題は、人によって考えがガラリと違ってくるし、正解ってのは無いんでしょうね。