人種差別

 ほら、ワールドカップで、最後の最後に、ジダン選手が頭突きしたアレ。いきなり頭突きくらわす人もいないから、何か言われたのかしら、と思っていたら、本当にそうだったようですね。
 また、人種差別のことも取り上げられていて、スポーツマンシップもへったくれも無いわぁ、としんみりしました。そういう自分も、気持ちの中に少し差別の気持ちってのは、正直に言ってあるのです。が、実は人種で差別というより、言葉が違うので意思疎通が大変そうだ、相手の考えが分からない、なんていう受け止め方からくる警戒感のような気もします。肌の色でどうこう言うのはおかしい、よな、やっぱり。
 今回新聞読んだときに、欧州では有色人種への差別が根強く残っている、なんていう一文があり…、日本人も差別の対象となっているというくだりがあり…。それにしても、だ。ワールドカップなどというすごい技を持つ選手が一同に集まる大会でも、いわれなき差別はあるのか。で、会社でそんな話題をふっているうちに、どうもノーテンキな私たちは、会話の方向がおかしなことに。
「欧州では、いわゆる白人が、有色人種にたいしてひどいことを言ったりする、と。」
「日本人も、『黄色い肌』って言われたり。」
「だったら、こっちも対抗して白人を差別するとする。うーん、白いことを侮辱的に表現するのは?」
「何でしょうね?」
「うーん…。モヤシ、はヒョロヒョロなイメージだし。白い…ブナピー?」
「わはははは!」
「ブナピー!でも、日本人にしか通用しないかもしれない。」
「それもそうですね。」
「じゃあ、説明しないとな。聞き返されるかもしれない。」
「ブナピーとは何か、って言う。」
「ブナピーは白いキノコで、でも美味しいんだ!って紹介する。」
「OH!おいしいものに例えてもらってありがとう、みたいな。」
「ブナピーを海外に紹介することになる。輸出が始まるね。(もう始まってたりして)」
「素晴らしいですね。」
「うん。ブナピーをきっかけに、理解が深まってかたい握手を交わすね。」
というわけで、ブナピーだと差別になりません。むしろ仲良しになる。
 私がジダンの頭突きを見て思ったのは、
「さすがに一流選手の頭突きは、すごい威力がある。不意をつかれたとは言え、大の男がひっくり返るほどの威力があるんだ。すげぇ。」
ってことです。テレビを見て、すごいなぁ、って感心する私に、母も同意してました。さすが、ヘディングで鍛えているだけのことはある。ちなみに母は、
「さすがにサッカー選手なだけあって、とっさのときも手は出さないのね!」
って言ってました。そうだよね、普通は頭じゃなくて手が出るよねー。ねー?